2015年11月30日

2015年11月29日のつぶやき
















































































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2015年11月29日

2015年11月28日のつぶやき




















































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2015年11月28日

2015年11月27日のつぶやき


























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2015年11月27日

2015年11月26日のつぶやき






























































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2015年11月26日

2015年11月25日のつぶやき
















































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2015年11月25日

2015年11月24日のつぶやき






































































































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2015年11月24日

宇宙に生命を考える3日間のシンポジウムに触発されて

それにしても科学の進歩は目覚ましい。そして次々と予想外の物を発見して夢を膨らませてくれる。
どうも、人間型の宇宙人は、そう簡単には見つかりそうもないが、様々な形で生命は発生進化しそうだ。
 そしてこうしたことも何十年も前からの計画と地道な努力による衛星探査でわかってきたものであり、先人たちの努力に頭の下がる思いである

 ほんとうに、この10年ほどの間に様々なことがわかってきた。

 ほかでも書いたが、こんな目まぐるしい科学の発展の場に、身を置けたらどんなに素晴らしいことか。一転私は、その間大したこともしていないのだが。
 もちろんこれでも、稚内から東京に出てきて、収入は激減したし身分も不安定になったが、代わりにこうした科学の進歩に触発される機会も増えた。稚内に居たら、一生、他の人の作った映像を見たり、ちょっとした映像づくりをしたり程度で満足していたかもしれないが、それは私の生き方ではないと思ったから、敢えていばらの道であることを覚悟で東京に戻ってきた。
 それは、一生の目的である、UFOの謎の解明を進めるためでもある。
 上記のように、科学は、10年単位で目覚ましく進んでいるが、UFO研究は60年前と今で進歩がない。これは何とかしないとならない。我々は科学の激動期に居るのである。相対論ができてから100年、量子力学は100年たたずに身の回りのありとあらゆるものに利用され(ふつうは気づかないかもしれないが)着実な進歩と実用化を示してきている。
 一方UFOのざまは何だ。
 60年たっても同じことをやっている。この20年の間に、たくさんの嘘が暴かれ、フェイクが作られた他に何が進歩したのか。
 もっとも、UFO研究に2つの方向性があることは、このあと、まとめて書籍化したいと思っているのだが、大まかに述べると。
 1)純粋に不思議な現象の研究
 2)宇宙人地球来訪の研究
の2つである。
 私をはじめ、先駆者のほとんどは、2)の意味でUFOに魅力を感じていたが、現在の研究者のほとんどは、1)の方向性をやっている。もちろんそれはいいのだが、日本で 2)を科学的にやっている人は私のほかに居ないという事実に愕然とする。世界にはいるのかというと、どうも、世界中で、有名な研究者といわれる人ほとんどは、 宇宙人信者ではあるが、科学的に研究しているとは言いがたい。博士とか教授とか言われてテレビに出る人もである。 私に言わせれば、彼らのようなレベルの研究では研究と呼べない。大学院レベルは愚か、大学学部生レベルの科学基礎論ができていないと思われる発言ばかりである。(先駆者の数人は除く)
 一方で、日本では、宗教的な宇宙人妄信者と、それを食い物にするオカルト作家はたくさんいる。
 これも大問題であるが、このもんだいは、現代の理科教育の大きな問題ともかかわっている。

 というわけで、全く科学の世界から置いてきぼりにされているUFO研究であるが、私には、野望がある。私の時代に、インチキを撲滅する技術を確立するとともに、科学的研究のための素地を作ることである

 繰り返すようだが、
 こうした研究を科学的に行うための活動を行っているのは、日本に私一人しかいない。中二病ではなく40年にわたる活動の結果である。反証があるなら提示していただけるとありがたい。
 そして、できれば後に続く世代の人を育成したい。
 大学生あるいは、それ以下の年代から、まじめに、地球外生命の探求を従っている人の中に、こうした謎に興味を持つ人を見つけ、科学的探究の道へ向けて育成したいのである。

 誰か名乗り出る人はいないものだろうかねぇ。若い人たちはもちろん、ある程度の年齢のひとでも協力者を
探しているのだが。
posted by UFO教授 at 23:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宗教ではなく科学へ

世の中の多くの科学者は、私は宗教は帆手押しないけれどというけれど、私は違う。
宗教は色々なことが説明できなかった時代に、それらしい説明をしてくれて人々を安心させてはくれたが結局本質的なことがわかっていなかったから、結局それは「神頼み」だったのであり、うまくいかないのは信心が足りないからだとされたがそれでは何もわからない。科学によっって物事がよりよく分かるようになりそれを実現する技術も使えるようになった今日、宗教に頼る必要はない。むしろ、しゅうきょうにたよることが「思考停止の肯定」に使えるようにつながると考える。ならば有害である。

何でも科学で説明できると思うのは思い上がりだという批判をよく聞く。科学で心の安泰は得られない、宗教が必要という話も聞く。でもそうだろうか。
化学によって全ては説明できないかもしれないが、いま、色々なことが説明できている。これからもできるだろう。科学のほかに何かそうしたことのできるものがあるか?宗教は今までそうしたことをしてきたか?否。
2000年もの間に宗教がどれだけ生活を良くしてきたか?結局なにも変わっていないのではないだろうか。


宗教を否定することには懸念の声も大きいいだろう。しかし結局世界の対立は宗教が作ってきた面が大きい。異なる宗教が互いに他を認め合って融合したことがあるか?無いだろう。
科学は異なる学説が融合することも多い。

ここまでかけばわかるだろう。
世界平和をもたらすのは、宗教ではない。科学であると。
posted by UFO教授 at 22:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

科学技術の進歩が社会体制を変えることにつながり、新しい時代を切り開く

前の文書を受けて。

生産力の低い時代は生きていくための物の奪い合いや、分配の仕組みが社会体制を決めてきた。

科学の進歩は私たちがそうした物の奪い合いをしなくて良い世界を実現しようとしている。

科学の進歩が社会体制に変革をもたらすものであることになぜ気が付かないのか。
ひとびとのせいかつを変えてきたのは、科学抜きの社会体制の変化ではない。
科学の進歩こそが社会を変えてきたのである。

宗教は無力であった。どんな神も、人々の生活を良くしてはくれなかった。科学技術が、(それは私たちの世界を良く知ることにつながる)生活を良くしてくれた。身の回りを良く知ることが生活に重要であるという当たり前のことである。
posted by UFO教授 at 22:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

資本主義 がいいから残ってるのか?資本主義と社会主義共産主義と並べるしかできないのか?

社会科学者はもっといい体制を作る研究をできないのか?

共産主義がまちがっていたのではない、ソ連は体制の問題だった。ナチスだって、戦前の日本だって資本主義の国だったのにそれが間違いだったとは言われない。共産主義は、なぜ、経済の主義と社会の体制とが同一視されて間違いとされるのか?自由を否定したり独裁的なことをしたのが間違い。

貧富の差があって、富裕層がとみのどくせんをするようになっても、悪いことをしてるのでないからいいといわれるが、本当か?その前に、搾取の時代があり貧富が固定化した。その前に生産手段の独占が資本主義のよって肯定されたから。ではその前は?
何ら化の形で身分差が作られ、権力による支配が行われていたことがもとではなかったか。そこに、何もやましいことは無かったのか。

そもそもスタート地点での不平等を、肯定する現在のシステムを見直し、新しい体制を作る模索をしようとしないのはなぜか。
posted by UFO教授 at 21:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする